「身元調査お断り」
-戸籍不正取得の実態-

1.行政書士が戸籍謄本を不正取得

 

2005年4月、兵庫県と大阪府の行政書士が、職務上の特権を利用して戸籍謄本を不正に取得し、興信所に横流ししていた事件が発覚しました。不正行為を働いていたのは、兵庫県神戸市と宝塚市、それに大阪市の3人の行政書士で、1件3000円程度の報酬を得て戸籍謄本や住民票などを全国から大量に取得していたことが判明しました。
 現在の法律では、一般の国民は他人の戸籍謄本を取得することはできませんが、行政書士や司法書士、弁護士、社会保険労務士、土地家屋調査士など資格をもつ8つの業士は、職務上の必要性がある場合は「職務上請求書」を提出すれば取得することができます。3人の行政書士は、この制度を悪用して戸籍謄本などを取得していたのです。
 3人の行政書士は、この戸籍謄本を何に使っていたのでしょうか。実は、そのまま興信所に横流しし、興信所はそれを身元調査に利用していました。身元調査とは、この場合、大半は当事者の出身地が同和地区かどうかの調査でした。興信所は、「同和地区かどうか調べて欲しい」という個人や企業の依頼にもとづいて身元調査を行っていたのです。
 不正取得事件の背景には、興信所の身元調査があり、そのまた背景には、いまなお同和地区出身かどうかにこだわる国民の差別意識や偏見が存在しています。

2.「ちょうどいいアルバイト」─行政書士の証言

 

戸籍謄本の不正取得に手を染めた行政書士(63歳)は、「7年前に神戸市の閑静な住宅街に事務所を構えたがなかなか依頼がこなかった。どうしても仕事が欲しかった。職務上請求書を使えば仕事になると思った」「最初は罪悪感もあったが、全国の役場から謄本が送られてくるので、次第に正当な業務だと受けとめるようになった」と語った。
 この行政書士から戸籍謄本を買っていた興信所の経営者は、神戸新聞社の取材に「結婚調査の依頼の9割は同和地区に関するもの。ニーズは高い」と述べている。
 宝塚市の行政書士事務所の職員(男性76歳)は、兵庫県庁で開かれた公開聴聞会の席上、「悪いことをしているという意識はまったくなかった。ちょうどいいアルバイトという感じだった」「代金は、1件1万円くらいだった。郵便などの経費を除き、行政書士と3千円ずつ分けていた」と語り、ほとんど罪悪感を持っていなかった。

3.事件の発端

 

戸籍謄本を不正取得事件は、民事裁判の中で発覚しました。金銭のやりとりをめぐって裁判になった兵庫県のAさんが資料提供を求めたところ、B興信所は裁判資料として「業務日誌」を提出しました。業務日誌には、B興信所が手数料を払って行政書士から「職務上請求書」を購入し、他人の戸籍謄本を取り寄せていることが記載されていました。また、興信所同士で「部落地名総監」の貸し借りを行っていることもわかりました。
 その後、調査を進めていくと、6つの興信所が3人の行政書士に不正取得を依頼していたことがわかりました。また、最初に戸籍謄本の不正取得をもちかけたのは興信所ではなく、行政書士だったことがわかりました。行政書士は、金儲けのために「戸籍謄本や住民票取り寄せます」などと書いたFAXを興信所に送り、お客を集めていたのです。
 3人の行政書士のうち、神戸市の行政書士(63歳)は勧告を受けて廃業届けを出し、宝塚市の行政書士(80歳)は、兵庫県から業務禁止処分を受けて2年間資格を失いました。大阪の行政書士(63歳)は、みずから廃業しました。しかし、3人は刑事罰には問われませんでした。

4.過去にも同じような事件が

 

2005年の兵庫の事件は、大きな社会問題になりましたが、過去にも8業士の有資格者がその資格を悪用して戸籍謄本などを不正に取得していた事件がたびたびありました。
 1989年には、福岡県で弁護士が職務上請求書を興信所に横流しした事件が起き、1990年には、同じ福岡県で行政書士・社会保険労務士が、戸籍謄本を興信所に横流しした事件が発覚しています。
 1991年には、東京都の行政書士が戸籍謄本を不正に取得し、八王子簡易裁判所から罰金3万円を言い渡されており、同じ年に佐賀県の行政書士が戸籍謄本を不正に取得して罰金2000円を言い渡されています。
 1999年には、大阪府警の警部補が、業者の依頼で戸籍を不正に入手し、逮捕される事件が起きており、2001年には東京の行政書士が、合計40通の戸籍謄本・住民票を調査会社に販売していた事件が発覚しています。この行政書士は、1件につき1万円の報酬を受け取り、調査会社は、入手した戸籍謄本を結婚や就職の身元調査に利用して、お客から報酬を得ていました。東京都は、この行政書士に対して8カ月の業務停止処分を行っています。

5 委任状を偽造して戸籍入手

 

2006年2月、名古屋市の興信所が委任状を偽造して戸籍謄本を不正に取得するという事件が新聞に報道されました。愛知県警は、名古屋市にある興信所「ティー・アイ・オー」の社長ほか3人を有印文書偽造で逮捕しましたが、不正取得の新手の手口として、関係者は頭を痛めています。
 「ティー・アイ・オー」社の手口は、こうです。結婚調査や素行調査の依頼があった場合、まず、調査対象者に成りすまして委任状を偽造します。次に、委任状といっしょに役所の窓口に戸籍謄本の交付申請書を提出、「戸籍謄本を取るよう委任された」といつわって、戸籍謄本を取得していました。現在の法律では委任状をチェックする規則がありませんから、三文判の印鑑一つあれば、だれでも委任状は偽造できます。この委任状の偽造に対して、市町村の担当者は「現状では、まったく防止策がない」と嘆いています。
逮捕された社長らは、この手口で次々と委任状を偽造して戸籍謄本などを取得し、依頼者からは調査費と称して数万円、ときには数十万円の報酬を取っていました。興信所社長らは、90年ころから、この手口で数千件の戸籍謄本などを取得し、暴利をむさぼっていました。興信所には、偽造用に約1500個の市販の印鑑が用意され、県外の自治体からも郵送で申請して取得していました。従業員が10人ほどのこの興信所の05年の売上高は、1億8000万円もありました。

6 京都では、結婚差別が

2003年、京都で一人の女性が「結婚差別を受けた」と、部落解放同盟京都府連に訴えました。交際相手の男性の両親は、テーブルの上に女性とその両親の戸籍謄本を並べ、父親の戸籍を指して「同和や」「血が汚れる」と述べ、息子に結婚を断念するよう強硬に迫りました。この家族会議の席には、兄も同席していますが、一緒になって結婚に反対しました。男性からそのことを聞いた女性は、自分が同和地区出身であることを知らなかったために大変なショックを受けました。翌日には、税理士をしている男性の父親が女性の家に来て、結婚を断念するよう迫りました。
その翌日、女性は部落解放同盟京都府連に相談。公文書開示請求の結果、司法書士が職権を悪用して戸籍謄本を不正に取得していたことが明らかとなりました。男性の親は、戸籍謄本をもとに身元調査していたのです。司法書士は処分を受け、職を失いましたが、依頼者である男性の両親は、今も反省していません。
これとは別に京都では、「戸籍謄本を不正取得され、身元調査で縁談が破談になった」と、女性が行政書士を京都地裁に訴える事件が起きています。訴えられた行政書士は、全国的に大量の戸籍の不正取得をおこなっていた兵庫県の行政書士の一人です。この事件では、興信所が依頼していることが明らかになっていますが、いまだにその真相は闇の中です。