1,全国に広がる「事前登録型」本人通知制度
(1)あいつぐ戸籍等の不正取得事件
2011年11月、東京のプライム総合法務事務所の関係者5人が愛知県警に逮捕される事件がマスコミで大きく報道されました。逮捕容疑は、司法書士や行政書士に認められている「職務上請求書」の偽造による戸籍・住民票の不正取得で、約2万件の不正取得があったと報道されました。
プライム社の社長は裁判で「興信所や探偵社から依頼されて戸籍などを取った」「お客さんの依頼の85%から90%は結婚相手の身元調査だった」と証言しました。
職務上請求書を使った戸籍などの不正取得は、以前から毎年起きていましたが、偽造印刷した用紙を使うという大胆な手口で取ったのは、この事件が初めてです。
事件はその後、ハローワーク(職安)の職歴情報や携帯電話情報、車両情報、市民税納付情報などの大量不正取得事件に発展し、司法書士や行政書士、職安職員、警察官、国土交通省の幹部、市役所職員、携帯電話販売店店員など合計33人が芋づる式に逮捕されました。
2011年11月13日 読売新聞
(2)本人通知制度の導入
戸籍や住民票の不正取得を防止するために、大阪狭山市は2006年に全国で初めて「事前登録型」本人通知制度を導入しました【資料1】。これは相次ぐ戸籍や住民票の不正取得を防止するために、登録した人に限ってですが、第三者や代理人など本人以外の人が戸籍などを取った場合に、そのことを本人に通知する制度です。本人通知制度は、大きく分けて4種類ありますが、その内容は次節で説明します。最近では,鳥取県江府町と佐賀県吉野ヶ里町が事前登録をしなくても全員に通知する制度を導入し、注目されています。
戸籍などの不正取得を防止する「事前登録型」本人通知制度は、その重要性が理解され全国各地に広がり、2016年4月現在32道府県の600市町村が導入しました。【資料19】このうち埼玉県、京都府、大阪府、奈良県、和歌山県、香川県、鳥取県、山口県、大分県では、すべての市町村が「事前登録型」本人通知制度を採用しています。制度を導入した自治体の担当者は、「行政が持っている戸籍や住民票などが不正に取られ、それが身元調査やストーカー、振り込め詐欺などに使われています。市民を犯罪や身元調査から守るために必要な制度です」と説明し、市民に登録を呼びかけています。
2,「事前登録型」本人通知制度の目的と効果
(1)本人通知制度の3つの目的
本人通知制度には、3つの目的があります。
その第1は、振り込め詐欺やストーカーなどの犯罪から市民を守ることです。2011年の不正取得事件のあとも不正な方法で戸籍や住民票を取る事件が続き、それが振り込め詐欺やストーカー、犯罪等に使われています。神奈川県逗子市では、ストーカー行為から逃れるために逗子市に避難し、市に住民登録の「閲覧制限」を申請していた女性が殺害される事件が起きました。犯人は探偵社に調査を依頼し、探偵社が不正な方法で女性の住所を市役所から聞き出し、殺害に及んでいます。
第2は、身元調査を防止することです。これまで不正に取られた戸籍は、同和地区かどうかを調べるための身元調査に使われてきました。プライム事件の主謀者の一人は、「結婚相手が同和地区の出身者でないか調べてほしいと依頼に来るお客さんが多い」と語りましたが、各地の人権意識調査でも「身元調査は当然だ」「しかたがない」と回答する住民が全体の6割程度います。
第3は、同和問題や人権問題の啓発です。制度を採用している市町村では、ポスターやチラシ、広報で登録を呼びかけていますが、登録の呼びかけ自体が身元調査やストーカー行為、振り込め詐欺等の被害をなくそうという啓発活動になります。
(2)本人通知制度の効果
「事前登録型」本人通知制度の効果に疑問を投げかける人もいます。しかし、この制度は十分効果を上げています。最初に紹介したプライム事件の裁判では、主謀者の一人は「最近、本人通知制度を導入する市町村が増えている。そういう市町村から取るとバレる恐れがあるので取らないようにグループ内に指示していた」と証言していました。
埼玉県桶川市では、事前登録していたおかげで不正取得が判明し、犯人が逮捕されています。市の広報を見て登録した一人の市民に、ある日市役所から「あなたの戸籍と住民票を交付しました」と通知が届きました。しかし、その方には心当たりがありません。そこで「誰がとったのか教えてほしい」と市役所に情報開示請求したところ、鹿児島県の行政書士が取っていたことが判明しました。これはおかしいと思い、弁護士と相談して警察に被害届を出したところ、鹿児島県の行政書士が不正に取っていたことがわかりました。
この行政書士等は、行政書士法違反で、書類送検され、行政書士に依頼したブローカー等が警察に逮捕されました。
2012年9月1日 解放新聞埼玉版
3,本人通知制度とはどんな制度?
本人通知制度には4つのタイプがあります。
(1)「事前登録型」本人通知制度(本人通知制度)
第1のタイプは、「事前登録型」本人通知制度と呼ばれている制度です。この制度は、請求にもとづいて市役所が戸籍や住民票を交付した場合、その事実を登録した本人に通知することで不正取得を抑止し、不正取得による犯罪や身元調査から市民を守る制度です。
具体的には、
①まず、通知を希望する人(仮にAさんとします)が事前に市役所に登録します。
②行政書士などの特定事務受任者(8業士)や本人の代理人が市役所に対して、Aさんの戸籍や住民票を交付請求し、市役所がそれらを交付します。
③市役所は交付した事実を、登録したAさん本人に知らせます。
ただし、登録した人に限って通知する制度ですから、登録しない人には通知されません。
(2)「被害告知型」本人通知制度(被害告知制度)
第2のタイプは、「被害告知型」本人通知制度です。被害告知とは、戸籍や住民票が不正に取られたことがわかった場合、登録しているかどうかに関わりなく本人に不正に取られたことを知らせる制度です。近年、戸籍や住民票が不正に取られ、それが身元調査やストーカー行為、振り込め詐欺などに悪用されている事件が頻繁に起きていますが、現在の法律では不正に取られても、取られた本人にその事実は知らされません。そこで不正行為がわかった場合、市区町村が取られた本人にその事実を通知します。
(3)「委任状型」本人通知制度
第3のタイプは、「委任状型」本人通知制度です。この制度は、委任状を持参して戸籍や住民票を請求したものについては、登録のあるなしにかかわらず、委任した本人に知らせる制度です。現在の法律では、病気やケガなどで戸籍や住民票を取りに行けない人のために、委任状を作成すれば代理人が戸籍などを取ることが出来ます。ただし、依頼を受けた人は、窓口で運転免許証などの本人確認が必要です。しかし、いかにも本人から委任されたようにニセの委任状を偽造して、戸籍などを不正に取る事件が起きています。この”なりすまし”による不正をなくすために出来た制度です。
【導入自治体】
長野県松本市・塩尻市・駒ヶ根市・佐久市・高森町・立科町など(委任状型のみ)
鳥取県米子市(登録型本人通知制度も導入済み)
(4)「登録不要型」本人通知制度
第4のタイプは、「登録不要型」本人通知制度です。この制度は、事前登録がなくても、請求にもとづいて市役所が戸籍や住民票を交付した場合、その事実を本人に通知する制度で、最近新しく導入された制度です。特定事務受任者(8業士)や本人の代理人など第3者の請求は、すべて市民に通知されます。
【導入自治体】
鳥取県江府町【資料2】、佐賀県吉野ヶ里町
4,「事前登録型」本人通知制度と各地の工夫
「事前登録型」本人通知制度を採用する市町村が増えていますが、登録手続きや有効期限などは市町村によってまちまちです。そこで各地の一般的な方法と、工夫した方法を紹介します。これから本人通知制度を採用する市町村は、このガイドブックを参考にして制度を設計してください。また、すでに本人通知制度を採用している市町村では、ガイドブックを参考に要綱改正を行ってください。
(1)登録手続きについて
登録の手続きについては、市町村によっては厳格な本人確認を求め、来庁による登録しか認めていないところが見られます。しかし、この制度は、不正を防止して犯罪や身元調査から市民を守る制度ですから、手続きは出来るだけ簡単に、またいろいろな方法で登録出来るようにすることが必要です。
【一般的な方法】
① 本庁・支所で登録(本人確認できるものを持参)
② 委任状による代理人登録(運転免許証のコピーなど本人確認書類も必要)
③ 郵送での登録(運転免許証のコピーなど、本人確認書類も同封)
【工夫した方法】
① 隣保館で「登録申込書」をあずかり登録する。(香川県東かがわ市)
② 家族の一括登録が可能。(埼玉県寄居町、京都府宮津市【資料3】)
③ 人権研修会等の会場で市職員が受け付け。(兵庫県三木市、京都府南丹市ほか)
④ 本人確認書類(運転免許証)の提示なしでも登録できることとした。(埼玉県熊谷市)
⑤ 印鑑なしでも登録できることにした。(大分県宇佐市)
⑥ 「住民異動届申請書」に本人通知制度の登録項目を記載(大分県竹田市)【資料4】
(2)登録期間と更新手続きについて
市町村の中には、登録の有効期間を3年か5年(もしくは1年)にしているところが見られます。しかし、3~5年たつとまた更新しなければならないというのでは、登録者は間違いなく減少してしまいます。更新手続きによる登録者の減少を防ぎ、不要な事務手続きによる経費の削減のために登録の有効期間については、設ける必要はありません。
【一般的な方法】
① 登録の有効期限が1年、3年、5年、(10年 愛媛県松山市)
【工夫した方法】
① 登録の有効期限を最初から設けていない。(京都市、広島県尾道市など)
② 有効期限を設けていたが無期限に改善した。(埼玉県・香川県の全ての自治体、長野県東御市、名古屋市、山口市)【資料5】
③ 登録更新時に通知し、回答のないものは自動更新にした。(京都府福知山市)
(3)「事前登録型」本人通知の範囲・内容について
「事前登録型」本人通知制度といっても、現状では基本4項目(①交付年月日②証明書の種類③通数④請求者の種別)のみを通知し、交付請求した特定事務受任者(行政書士や司法書士など8業士等)の氏名や依頼者は除外しているところが見られます。
また、通知後に情報開示請求をおこなって請求者や依頼者を知ろうとしても、法人の名称や特定事務受任者名だけしか通知しないところが見られます。不正防止という制度の趣旨から、取った人の氏名を知らせないというのでは、制度の効果が期待できません。制度の目的である不正取得防止の効果を高めるため、特定事務受任者の事務所・氏名や依頼者名も明らかにする必要があります。
【一般的な方法】
① 「交付年月日」「証明書の種類」「通数」「請求者の種別」だけを通知する。
【工夫した方法】
① 開示請求があれば、第3者(8業士)の事務所・氏名を開示する。(埼玉県、大阪府、京都府、香川県の各自治体など)
② 開示請求がなくても、第3者(8業士)の事務所・氏名を通知する(兵庫県三木市)【資料6】
③ 全ての第3者請求者に対し、本人通知制度実施の手紙を同封し、返送している。(山口県光市)【資料7】
(4)登録者拡大の各地の工夫
本人通知制度の課題のひとつは、登録者が少ないことです。せっかくの制度も登録者が少ないのでは効果が薄れます。登録者拡大については各地で工夫がおこなわれています。
【一般的な方法】
① ポスター、チラシを作成した(大阪府、京都府宮津市、福岡県宗像市【資料13.14】
② 広報・HPに掲載した。
③ 研修会で申込書を配布した。
【工夫した方法】
① 窓口用封筒に制度を紹介した。(山口市)【資料15】
② ステッカーを作成して、市民へ配布した(大阪府)【資料16】
③ 庁舎の窓口で勧誘して登録者数を大幅に増加させた。(京都府宇治田原町など)
④ 全世帯にチラシと申請書を郵送した。(兵庫県加東市)【資料17】
⑤ 回覧板にチラシと申込書を添付して全戸配布した(埼玉県越谷市など)
⑥ ケーブルテレビで制度を紹介した。(香川県高松市)
⑦ 研修会で申込書を配布した。(愛媛県宇和島市、大分県宇佐市、佐賀市など)
⑧ 自治体職員が率先して登録。(香川県内市町村、山口県阿武町,大分県宇佐市など)
⑨ 横断幕を作成して庁舎に掲示した(大分県宇佐市)【資料18】
5,「被害告知型」本人通知制度と各地の工夫
(1)被害告知制度
この制度は、住民票の写し等が不正に取得されたことが判明した場合に、不正取得の事実を当該の「住民票の写し」等に記載された本人に通知する制度です。
この制度を設けることによって、不正取得された本人が何らかの被害にあっていたことの原因に気づく、またはこれから被害にあうかもしれないことを予想してその対策を講じることが可能となり、被害からの救済や被害を未然に防ぐ効果が期待できます。
被害告知にあたっては、「要綱」を策定するとともに、「事前登録型」本人通知制度への登録者だけでなく、不正取得されたすべての人に通知することが重要です。また、被害者への相談体制の確立が必要です。
(2)被害告知の時期
被害告知については、どの時点で不正取得があったと判断するかによって告知の時期が違ってきます。市町村の中には、刑が確定してからとしているところが見られますが、刑の確定までにはかなりの時間がかかります。この制度は、不正取得による二次被害の予防や救済が目的ですから、出来るだけ早く被害者に告知することが望まれます。
【一般的方法】
① 法務局など国の機関や都道府県、8業士会(弁護士会等)からの文書通知が届いた時点
② 刑が確定した時点
【工夫した方法】
① 市町村長が必要と認めた場合(鳥取県南部町)
② 不正取得であるとの疑いが生じた請求者に文書を出して、疎明資料の提出を求め、返事がない場合、その時点で告知(京都府内市町村) ※注1
③ 公判継続中であっても 使用された職務上請求書が確認できることを本人に通知する(東京都葛飾区など) ※注2
※注1:京都市は、不正取得の疑義が生じた場合、「住民票の写し等の不正取得の疑義事案に関する疎明資料の提出」を求めて、返事がない場合は、被取得者に対して通知する。
※注2:東京都葛飾区は、公判継続中であり、不正請求か否かについて役所で判断できない場合であっても、個人情報閲覧等請求で使用された職務上請求書を確認できることを、本人に通知する。
(3)被害告知の方法
不正取得が判明した場合に、その事実を被害者にどのように通知するか、被害告知の方法も各地で異なっています。被害告知制度は、被害者に不正取得の事実を知らせることによって被害を最小限に食い止めることが目的ですから、被害者には出来るだけ早く、またわかりやすい方法で告知することが望まれます。
【一般的方法】
① 郵送(親展)で知らせる。
② 郵送(親展)した上、説明書に電話の問い合わせに応じることを明記する。
【工夫した方法】
① 郵送(親展)で知らせたうえで、電話で説明し、来庁してもらう。(京都市など)
② 郵送(親展)で知らせたうえで、電話で説明し、自宅を訪問する。(大阪市など)
③ 不正取得した交付請求者及び所属している士業会へ抗議文を送付し、不正に取った戸籍等の返還を要求する。(京都府福知山市)【資料8】
(4)被害告知の範囲
不正取得によって戸籍や住民票が取られ、その事実を本人に告知する場合でも、どこまで本人に告知するのかは市町村によってかなり異なっています。被害を最小限に防ぎ、その対策を講じるためにも被害告知の範囲については、出来るだけ詳しく告知することが望まれます。
【一般的方法】
① 基本4項目(交付年月日、証明書の種別、通数、請求者の種別)だけを告知する。
【工夫した方法】
① 開示請求があれば、請求者の氏名と住所を開示する。
② 開示請求があれば、請求者の氏名と住所、および依頼者の氏名を開示する。(香川県丸亀市、山口県長門市など)
③ 開示請求がなくても、請求者の氏名と住所を告知する。(埼玉県、山口県光市)
④ 開示請求がなくても請求者氏名と住所、依頼者の氏名を告知(鳥取県南部町)【資料9】