「全国部落調査」復刻版出版事件 陳述書

藤川正樹

 

1 私の身上

私は神奈川県伊勢原市に居住する藤川正樹(63歳)です。

判明している限りでは私の先祖は、江戸時代中期以降この地に暮らしています。居住する地域は、現在60世帯弱。貸家等もあり他の区域から来た方もいらっしゃいますが、昔からお住まいの方も多く、高齢化が進んでいる地域です。

私は、3年前まで、伊勢原市役所に勤務する公務員でした。

退職後の現在は、労働組合の横断組織である日本労働組合総連合会(連合)神奈川県連合会の西湘地域連合(平塚市・秦野市・伊勢原市・大磯町・二宮町が所轄)の団体役員(専従事務局長)をしています。

 

2 部落解放運動に関わるようになったきっかけ

大学時代に狭山事件を知り、そこから部落解放運動に参加するようになりました。大学を卒業した1977年に伊勢原市役所に就職、同時に解放同盟の支部準備会を結成、1980年に支部を結成、当初より現在まで支部長をしています。また、部落解放同盟神奈川県連の書記次長も兼任しています。

大学時代は部落解放運動に関して理念的傾斜が強かったのですが、地元の差別の実態に衝撃をうけ、なんとしても「差別撤廃」を実現する社会運動を地元から創り出す必要を感じてから、本格的に解放同盟の運動に関わるようになりました。

地域の同い年の幼なじみが受けた結婚差別を知ったのです。その友人は市内の女性と駆け落ちし、一年ほどして結婚して実家に戻ったと聞きました。彼を呼び出し「何があったのか」と聞きました。彼の話は以下のとおりでした。

市内の女性と親しくなり本人同士、結婚を約束した。しかし、相手の親御さんは、自分の居住地から部落出身者と知り猛反対し、自分の親も「相手の親が同和地区出身であることを理由に結婚に反対をしている」ことを知り、息子の将来を考え反対した。双方の親は別れさせるために、無理矢理、別の人との見合いを強行しようとした。二人はそれぞれの実家を出て駆け落ちをせざるをえなかった。

一年ほどして、相手の親は二人の意思の強さにあきらめ結婚を承諾したので、二人で彼の実家に戻った。その際、相手の親は娘に対して、「お前は好きで一緒になったからそれでいい。しかし、産まれて来る子どもが差別されると可哀想だから子どもは産むな」と言った。

こう話した彼の思い詰めた顔は忘れられません。

1978年に支部準備会で初めて「同和行政を求める対市交渉」を行いました。市では同和行政はそれまで行って来ませんでした。

交渉の冒頭、市長は「我が市には部落はあるが差別はない。だから同和行政は行わない」と宣言しました。私は、前述の幼なじみの結婚における差別の経過を話し「これでも市内に差別はないのか」と問いました。市長はしばらく休憩をとった後「市には部落があり差別もある。差別をなくす施策を行う」と約束しました。

 

3 厳然と残る部落差別

私自身が直接体験した差別事件もあります。

1970年代末頃、私は、予防注射の事務受付の仕事をしており、ある施設で予防注射後、施設長(市会議員)と上司が雑談をしている中で起きました。この施設長が、ある特定の個人を批判して、最後に「だから部落の奴はしょうがない」と話をしました。私は「個人の欠点を批判することは自由ですが、それを部落全体のこととするのは差別です。私もあなたのいう『部落』です」と抗議し謝罪を求めました。

また、1980年代末頃の話ですが、市役所内で管理職が部下と話している時に、知り合いの名前がでていたので何気なく聞いていると、その管理職は特定の個人を批判した後、「だから部落の奴は何をするか知れたものではない」と話していました。この時も私は「個人の欠点を批判することは自由ですが、それを部落全体のこととするのは差別です。私もあなたのいう『部落』です。公平平等の立場の公務員の管理職が差別発言をしていいのですか」と問いただしました。

1990年代初めのことと記憶していますが、市の同和担当から、報告を受けた事件もありました。市の同和担当に県外の年配の方が見えて「○○地区は同和地区か教えて欲しい」との話があったそうです。担当がどうして知りたいのかと問うと「今度、息子が結婚して○○地区のアパートに住むことになった。ここが同和地区であれば息子達が同和地区出身者と思われ不利益を被りかねない」と話したとの事です。担当は「そうした発想は差別であり、教えられない」と説得してお帰りいただいたとのことでした。

1992年9月に現職と新人が激しく争う伊勢原市長選がありました。

市内の自治会役員の集まりで、私の住んでいる地区の自治会が現職を支援していることに対して、新人側を支援している方が、「同和地区」を落としめる差別方言を使って地区を名指しした上で「○○○がなんぼのものか」と発言。聞いていた「同和地区」関係者から私のところに「バカにされくやしい。力を借してくれ」との葉書が届きました。利害関係が対立する中で、一方を否定するのに部落差別を利用した話であり、選挙戦に部落問題が利用されかねない問題なので、選挙後に問題点を整理しました。

昨年2月の話ですが、元地域住民で結婚し地域外に住んでいる女性より、相談がありました。

インターネットを見ていたら「部落人名総鑑」を見つけた。神奈川を見たら自分の家の姓(結婚後の姓)がのっていた。自分の家の姓は珍しい。電話帳で調べれば個人が特定されてしまう。自分は様々な目にあって来たからいいが、息子や娘が会社や結婚で嫌な目に遭わないか心配で眠れない。このサイトを削除してもらいたい、という内容でした。

法務省や県の担当に、容易に個人が特定されプライバシーの侵害にあたることも含めて削除を求めましたが、このウェブサイトは現在も存在しており、女性の憂いは今も解決されていません。

2011年に発覚した司法書士、行政書士による戸籍不正取得事件では、神奈川で818件、伊勢原でも5件の不正取得が発覚しており、差別的身元調査が現在もなお行われていることは確実です。

 

4 債務者らの行為による権利侵害

私及び家族、地域居住者は、部落問題を抱えながら、この土地で生き、生活をしています。今回、債務者らが出版を計画している「部落地名総鑑」及びウェブサイト上の「同和地区Wiki」は、私及び家族、地域居住者の平穏な生活を脅かすもので精神的危害を加えるものです。憲法第13条の「生命・自由及び幸福追求の権利」や「社会的身分又は門地により、経済的又は社会的関係において、差別されない」権利を侵害するもので基本的人権の侵害にあたります。断じて容認できません。即時に出版の停止と「同和地区Wiki」の削除を求めます。 

 部落解放同盟は部落差別がある中で、役員個人の住所・電話番号は公表しておりません。しかし、「同和地区Wiki」の「部落解放同盟関係人物一覧」には、私の許可なく住所・電話番号を掲載されています。これは、私の平穏な生活を脅かすもので、「生命・自由及び幸福追求の権利」や「社会的身分又は門地により、経済的又は社会的関係において、差別されない」権利を侵害するもので、基本的人権の侵害にあたります。

さらに、債務者らが作成・管理している「住所でポン!2012年版」では、グーグルマップと航空写真を掲載しており、私の名前と「住所でポン」を検索すると、住所・電話番号とともに、自宅の住宅地図、航空写真を容易に見ることができます。債務者らは「住所でポン!」の説明で、「削除要請には応じない」と明言しており、彼らの個人情報の侵害に対する考え方、確信犯的に人権侵害を行ってまったく問題だと認識しない姿勢は、ここにも明らかです。

また、「同和地区Wiki」の「インターネット版部落人名総鑑」や「インターネット版部落地名総鑑」も私の名字や居住する地域名が掲載されており、先述したのと同様の権利侵害が発生しています。

 

債務者らは、全国のまた神奈川の、先人や今も運動している多くの仲間たちの差別解消に向けた苦闘に、嘲笑の唾を吐きかけ、人間の尊厳を冒涜する差別主義者です。裁判所は、法の下で基本的人権を守る立場から、私たちの申立てを認めるように求めます。

 

以上