「許すな!復刻版の出版・掲載」

 

部落解放同盟埼玉県連 委員長 片岡明幸 

 

はじめに

 

 鳥取ループ・宮部龍彦の「全国部落調査」復刻版出版事件の第1回口頭弁論が75日、東京地裁で開催された。東京地裁は重大な事件と受け止めて一番大きな103号法廷を用意したが、当日は全国から200人を超す傍聴者や原告が集まったために、法廷に入りきれない人が外にあふれた。裁判では原告を代表して私が、また弁護団を代表して中井雅人弁護士が意見を陳述した。私は、部落差別が現存し、身元調査が横行するなかで、同和地区の所在地一覧を書籍にして出版し、インターネットに掲載した鳥取ループ・宮部の行為は、同和地区出身者を暴く行為そのものであり、部落差別を助長・煽動する許しがたい差別行為にほかならないことを強調し、宮部を厳しく断罪するよう裁判官に訴えた。裁判は、宮部が訴状に対する認否の書面を出さなかったため、85日までに答弁書を提出するよう裁判官が指示し、第1回目の口頭弁論は終了した。

 裁判がいよいよ始まった。そこで裁判にいたる経過とその意義について報告したい。

 

1 裁判に至る経過

 

 最初に、提訴に至る経過を説明しておきたい。鳥取ループが「全国部落調査」の復刻版の出版を計画しているという情報が入ったのは、2月の上旬だった。インターネットの鳥取ループのウェブサイトに、「復刻・全国部落調査を4月1日に発売します。旅行のお供に、図書館での添削に、役立つことでしょう。アマゾンで『全国部落調査』の予約受付を開始しました。熱烈な予約注文をお願いします。日本の出版史に変革をもたらす本です」との宣伝情報が掲載されていた。「旅行のお供に」などと人を喰った記事を見て憤慨した人も多かったと思うが、この書籍は、戦前に中央融和事業協会が調査した調査報告書「全国部落調査」の復刻版で、1936(昭11)年に作成されたこの報告書には、全国5367の同和地区の地名、戸数、人口、職業、生活程度が詳細に記載されている。しかも宮部は、昭和初期の地名の横にわざわざ現在の地名を書き加えて掲載し、また、書籍の中身である同和地区所在地一覧を誰でも見られるようにインターネットに掲載した。1975年に発覚した「部落地名総鑑」事件では、それを使って身元調査がおこなわれ、前途ある同和地区の青年の就職の道が閉ざされ、数多くの結婚が破談になったが、その原典というべき図書を出版するとは、天人ともに許されざる悪行である。

 この情報に接して、解放同盟中央本部はすぐ行動を起こした。まず、215日に法務省に対して販売を止める具体策を図れと申し入れをおこない、続いて通販会社アマゾンに「違反出品」として抗議、アマゾン側もそれを認めて販売を中止した。また、他の出版・流通会社が扱う恐れがあったので、222日に日販や東販など主要な取次店に対して文章で申し入れ、各社は「取り扱わない」と回答した。

 その後、33日に東京で開かれた第73回全国大会では、この事件が大きく取り上げられた。事件をはじめて知ったという代議員も多く、分科会では鳥取ループ・宮部に対する怒りの声が渦巻いた。2日目の全体会で西島藤彦書記長が緊急の提案を行い、大会終了後その場で糾弾闘争本部を立ち上げて徹底的に闘う方針を確認した。この段階で出版禁止の仮処分の申し立てを行うことが決まった。

 39日には、西島書記長が都内で宮部龍彦本人に会い、出版を止めるように厳しく追及した。しかし、宮部はこれを拒否し、ツイッターには「そのような約束は出来ないし、仮にここで約束したとしても必ず破る」などとふざけた記事を載せた。

 宮部が中止勧告を聞き入れないことから、中央本部は出版禁止の仮処分申立の準備を急ぎ、322日に横浜地裁に出版差し止めを申し立てた。図書の出版禁止はハードルが高いために裁判所がどのように判断するのか心配があったが、裁判所も事の重大性を理解して328日に出版禁止の仮処分決定をおこなった。いっぽう宮部は「復刻版」の中身である全国の同和地区所在地一覧のインターネットへの掲載を続けていたため、あらためて44日にウェブサイト掲載禁止の仮処分申立を横浜地裁相模原支部におこなった。相模原支部はわれわれの申し立てを認め、418日にウェブサイト掲載禁止の仮処分決定をおこなった。

 しかし、宮部が仮処分決定後もインターネットの掲載を継続していたため、中央本部は横浜地裁相模原支部に対して、間接強制を申し立てた。間接強制とは、宮部(債務者)が仮処分決定を履行しない場合、一定の金銭(制裁金)を支払うよう命じることによって、債務者に心理的圧迫を加え、決定事項を履行させるための手段である。これがどうなったかというと、相模原支部はこれも認めて719日に解放同盟側の請求どおり1日につき金10万円の制裁金の支払いを命じる決定をおこなった。ただし、実際に110万円の制裁金を取るためには、宮部の違反行為を証明しなければならない。そのための手続きが残っているが、宮部は「間接強制は決まったけれど、元サイトから削除しており、ミラーサイトは自分とは関係ないやつがやっているので実害なし」などと述べて逃げに出た。しかし、彼がやっていることは間違いない。それにしても1日10万円の制裁金が認められたことは、裁判闘争にとって大きな成果である。まさか裁判所が全額認めるとは思わなかった。裁判所も宮部の違反に対して厳しく制裁する必要があるという態度を示したのだ。

 

2 本訴の内容

 

 仮処分決定を勝ち取ったが、仮処分はあくまで「仮」の判断である。完全に止めるためには正式な裁判(本訴)が必要である。そのため、解放同盟は419日に、東京地裁に民事訴訟を提訴した。訴状では、「全国部落調査」の出版差止め、ウェブサイトの削除、損害賠償を請求した。このうちウェブサイトの削除については、インターネットの特性を踏まえて「自ら又は代理人若しくは第三者を介して、別紙ウェブサイト目録記載の各記事等につきウェブサイトへの掲載、書籍の出版、出版物への掲載、放送、映像化(いずれも一部を抽出しての掲載等を含む)等の一切の方法による公表をしてはならない」と請求し、今後、宮部が書籍の名前を変えたり、映像などの別な表現手段で同和地区を暴露する道を塞ぐための請求をおこなった。また、損害賠償については、出版及びウェブサイトの公開によって、差別を受けない権利、プライバシー権、名誉権が侵害されているとして一人100万円の損害賠償を請求した。損害賠償を請求したのは、もちろん金が欲しいわけではない。やめさせるために経済的な制裁を加えるためである。

 裁判の原告については、各都府県連を通じて、宮部がネットに掲載した「部落解放同盟関係人物一覧」に名前を載せられた人たちに働きかけ、原告を募った。宮部は、「全国部落調査」とは別に、「部落解放同盟関係人物一覧」というウェブサイトに解放同盟の役員や関係団体の役員の名前、住所、電話番号を勝手に載せていたのだ。その結果、全国の30都府県から、211名が手を上げ、原告になった。また、団体として部落解放同盟も原告になることにした。その後、追加で33人が原告に加わり、244人+解放同盟で245人が原告となって、75日の東京地裁の第1回裁判に臨んだ。

 

3 許しがたい宮部の居直り

 

 以上が裁判の提訴までの経過だが、宮部龍彦は反省を示さないどころか現在も居直りを続けている。彼がどういう態度を取っているのか、宮部の本質を知る上でも大事なことだと思うので紹介しておきたい。

 まず、210日にインターネット通販会社アマゾンが「復刻版」の販売を中止したが、これに対して宮部は、「多少月日がかかっても、全国部落調査の出版は必ず実現しますよ。たとえ印刷所に圧力をかけようと、最近は中国でも韓国でも印刷を外注できるので無駄です。紙に限らず、電子書籍もアプリもあります。全国部落調査は不滅です」と、まったくおちょくるような記事を掲載した(212日)。また、329日に横浜地裁が出版禁止の仮処分決定を行ったが、これに対しても「全国部落調査の仮処分関係の書類ですが、もう必要ないのでオークションに出品しました。もちろん、全国部落調査も付いています。ぜひ、入札してください」(329日)とネットに掲載して、実際にヤフーオークションに解放同盟が提出した訴状や資料、――この中には「全国部落調査」も含まれている――を売り渡してしまった。「出版販売してはならない」という裁判所の決定をあざ笑うかのような挑戦的な態度だ。これは、今後の裁判で宮部を弾劾する重要な材料になるものと思う。ちなみに落札価格は51000円だった。誰が落札したのか分からないが、悪用されないか心配だ。

 47日には、図書の現物を差し押さえるために、横浜地裁の執行官が神奈川県座間市の示現舎に乗り込んで書籍の差し押さえを行った。この時は部屋には何もなかったので差し押さえは出来なかったが、これに対して宮部は「こういうことをするなら、こちらも、さらに対応困難な方法で抵抗せざるを得ません。全国部落調査は必ず復興されます。もう手遅れなのです」と開き直った。

 

4 法務省・法務局の対応

 

 ところで、今回の事件に法務省や法務局はどのように対応したのか。われわれはすぐに出版禁止と掲載禁止の措置を法務省に迫ったが、法務局の腰は重かった。2月15日に東京法務局人権擁護部が宮部を呼び出したが、事情聴取という歯切れの悪いものだった。

 その後、2月中旬には全国各地で地方法務局への抗議行動が始まり、中央本部が316日に法務省交渉をおこなった結果、329日になって法務局はやっと宮部を呼び出して、次の文章を渡して「節示」を行った。

 「あなたの前記各行為(=インターネット掲載)は、あなたが同和地区であると適示した特定地域の出身者、住民等に対して、当該属性(同和地区出身者)を理由として不当な差別的取り扱いをすることを助長し、又は誘発するものと認められ、人権擁護上到底看過することが出来ない。よって、あなたにたいして、前記各行為の不当性を強く認識して反省し、直ちに前記各行為を中止した上、今後、同様の行為を行うことのないよう説示する」

 いっぽう、国会でも45日に、参議院で有田芳生議員が法務大臣に質問し、法務大臣は次のように答弁した。

 「委員からご指摘があった通り、不当な差別的取扱い、これを助長・誘発する目的で、特定の地域を同和地区であるとする情報がインターネット上に掲載されるなどとしていることは、人権擁護上、看過できない問題でありまして、あってはならないことだと、そのように考えています」

 

5 出版・掲載の犯罪性

 

 ここで鳥取ループ・宮部龍彦による復刻版の出版やネットへの掲載の差別性と犯罪性について整理しておきたい。

 (1)差別の助長煽動そのもの

 まず、1点目は、宮部の行為は、部落差別が現存するなかでは、部落差別を助長・煽動する許しがたい差別行為そのものであるということだ。2012年のプライム事件では、探偵社が職務上請求書を偽造印刷して身元調査をしていた実態が浮き彫りになったが、主謀者の一人は「お客さんの依頼は、同和地区かどうか結婚相手の身元調査だった」と説明した。各地の人権意識調査でも、1割近くが「身元調査は当然」と回答している。このような現状を考えれば、同和地区所在地一覧表を本にして販売することは、文字通り身元調査とそれにもとづいた結婚差別や就職差別を煽動する許しがたい差別行為にほかならない。今回の出版・掲載によって、今後どれほどの被害が出るか、考えただけでも恐ろしい。

 (2)同和行政の成果の破壊

 2点目は、宮部の行為は、同和問題を解決するための行政や企業、宗教団体、労働組合などにおけるさまざまな取り組みの成果を台無しにする許しがたい行為であるということだ。

 戦後70年間、部落差別をなくすためにさまざまな取り組みが行われてきた。例えば、就職差別撤廃のために統一応募用紙がつくられ、公正採用選考人権啓発推進員制度などが出来、企業もまた自主的な研修を進めてきた。最近では、身元調査を防止するために本人通知制度が採用され、同和地区調査をなくすために宅建業界はガイドラインを作成してきた。これらは一例であるけれど、宮部の所在地暴露はこうした取り組みを破壊する行為である。

 (3)部落解放運動への挑戦

 第3は、全国水平社以来の部落解放運動の成果を破壊する許しがたい行為であるということだ。われわれの先輩たちは、不当な部落差別と貧困をなくすために、文字通り血と汗と涙を流してきた。その結果、課題は残っているものの住環境が整備され、生活が安定し、教育も向上してきた。宮部の所在地暴露は、戦前戦後を通して部落解放運動が勝ち取ってきたこれらの成果を破壊する行為であり、解放運動を冒涜(ぼうとく)する行為だ。同和地区を暴くことで、同和地区に暮らす住民に対する差別意識が煽られ、就職差別や結婚差別を受ける危険性が増幅することは眼に見えている。

 

6 鳥取ループとはなにものか

 

 鳥取ループ・宮部とは何者なのか、また、なんのためにこんな違法行為を繰り返しているのか。

(1)所在地の暴露マニア

 鳥取ループとはインターネットのブログのネームで、05年からこの名前を使っている。運営しているのは、鳥取県出身の宮部龍彦(37才)だ。彼は、鳥取市内の高校を卒業した後、信州大学工学部を出てITのソフトの開発などを生業にしている、いわばパソコンのプロだ。もう一人は三品純(43)で、岐阜県出身で法政大学法学部を出てフリーライターとして「正論」等に記事を出している。宮部と三品は、共同で示現社なる出版社を設立して「同和と在日」などの本を出版しているが、出版社とは名ばかりで実質二人だけの個人商店だ。  

 鳥取ループが何を目的にしているのはよく分からないが、少なくともこれまでの行動を見れば、同和地区の所在地を暴露することを自己目的にしている暴露マニア、裁判マニアと呼ぶことが出来るだろう。実際、鳥取ループはこれまでに5回にわたって行政を相手にした裁判を起こしている。07年に鳥取県を相手に裁判を起こしたのを手始めに、09年には滋賀県東近江市を訴え、10年には滋賀県を、12年には鳥取市と大阪法務局を相手に裁判を起こしている。鳥取県を相手にした訴訟では、鳥取県企業連受講者名簿の公開を請求し、滋賀県東近江市との裁判では同和地区の施設の公開を求め、滋賀県との裁判では滋賀県内の同和地区情報の公開を求めている。また、鳥取市との裁判では、同和地区固定資産税減免措置を行っている地域の公開を求め、大阪法務局と裁判では、大阪市内の同和地区の位置の開示を請求しているがいずれも鳥取ループ側が敗訴している。この間、09年には 大津地方法務局から「部落地名総鑑」圧縮ファイルの削除要請が出され、10年には大阪法務局から「大阪市内の同和地区一覧」の削除要請が出されている。

 これらの訴訟の内容は割愛するが、ひつだけ滋賀県裁判における最高裁判決(15年)を紹介する。最高裁は、滋賀県内の同和地区の所在地一覧に直結する隣保館や教育集会所の開示を求めた鳥取ループに対して、「地区の居住者や出身者等に対する差別意識を増幅して種々の社会的な場面や事柄における差別行為を助長する恐れがある」とはっきり判決を言い渡している。当然の判決だ。

 それにもかかわらず鳥取ループ・宮部は執拗に同和地区の暴露にこだわり、ついに今年「復刻版」の出版を計画するに及んだ。彼自身の語るところによれば、昨年東京の社会事業大学の図書館にあった「全国部落調査」を発見したというのだが、昭和11年に作成されたこのマル秘の報告書を手に入れた彼は、欣喜雀躍して「復刻版」の出版を企んだのである。

 (2)「同和タブー」の打破

 なんのために同和地区の情報公開を追い続けているのか。裁判所に提出した書面を見る限り、「同和タブー」と言われる、同和問題をタブー視するマスコミの態度を「打破」することが目的だと述べている。宮部は、「(解放同盟は)差別を口実に、同和問題に関する情報、議論、一切の表現を独占して、意のままにしようとしている。そのような行為こそ、重大な人権侵害である」といい、「人権に関わることについてメディアが口を閉ざす状況を打破することを(出版の)目的としている」と述べている。最近では、「『全国部落調査』がインターネットで拡散され、回収不能になることは、被告宮部が望むことである。これが『ふと湧いてでたいたずら心』などと思うのは,あまりにも甘い考えである」(8/3東京地裁準備書面)と明け透けに目的を語っている。

 (3)背景にある反発

 この背景に何があるのか。背景には、解放同盟への強い反発が存在している。宮部は「原告らは部落問題についての言論を意のままにしようとしている」「同和タブーが問題解決の多様な取り組みの障害である」(準備書面)などと繰り返し、部落解放同盟に対して「行政・司法の扱いは平等ではなく、むしろ同和に対してだけ異常な扱いをしている」(7/51回口頭弁論後の記者会見・配付資料)と解放同盟を批難する。

 反発と言えば、こういう反発もある。解放同盟はあるときは「寝た子を起こすな」という考え方を克服しようと言いながら、別な場所では部落の所在地公開することは差別だという。解放同盟の「主張は一貫しておらず、場当たり的である。最大の問題は、そのような場当たり的な主張を、是が非でも他人に強制しようとすることである」。

 しかしもちろん、「タブーの打破」とか、解放同盟への反発と復刻版の出版とはまったく次元の違う話だ。解放同盟に不満があるからといって同和地区の所在地一覧を出版・掲載してもいいということには絶対にならない。復刻版の出版は、解放同盟への批判でも何でもない。ただ同和地区を暴き、差別を助長・煽動する行為そのものだ。

 もし解放同盟に不満があるというなら、論文でも何でも書けばいい。批判されることは決して嬉しいわけではないが、誰にも批判する権利はあるのだから批判するなと言わない。その限りで、批判の自由は保障されている。もちろん、われわれも反論するし、批判もする。しかし、だからといって同和地区の所在地を一覧表にして販売したり、インターネットに掲載していいわけはない。運動への批判と差別の煽動は次元が違うのだ。この点を宮部は意図的にすり替えている。

  

7 部落差別肯定する鳥取ループ・宮部

 

 私は東京地裁の第1回口頭弁論の意見陳述で、宮部は差別主義者だと述べて彼を弾劾した。これに対して宮部は「片岡こそ屁理屈を並べる差別主義者である」と強く反発しているが、彼は紛れもない差別主義者だ。こう断言するには根拠がある。彼が現実に起きている部落差別を否定し、実質的に部落差別を肯定したうえで同和地区の所在地をネットで晒し、差別を煽動しているからだ。例えば、部落地名総鑑事件や身元調査事件に対する態度がそれをよく表している。

(1)部落地名総鑑の正当化

 1975年に発覚した部落地名総鑑事件では、この差別図書によって身元調査がおこわれ、多くの若者が就職の道を断たれ、婚約者との結婚を壊されたことが明るみに出された。部落地名総鑑の製作者・坪田善継は、「結婚に関する身元調べのまず99%までと言って間違いないのが『血が混じると困る』『部落の人かどうか調べてくれ』ということであった」と述べ、作製の動機が部落差別の基づいた身元調査の依頼であったことを正直に告白した。購入者の多くが企業であったことについても「(企業の)依頼事項のなかには、部落出身者でないかどうかを調べてくれ、ということも入っている」と述べている。

 ところが宮部は、これだけ明らかな差別を前にしてなお「地名総鑑で被害はなかった」といい、さらに「当時、部落地名総鑑が出回ったのは、決して『部落民が汚れているから』というような迷信に基づいてものではなく、当時(ある意味では今も)当たり前だった過激派や共産党排除のようなことの延長線上にあった」と書いて、地名総鑑の購入を正当化している。今回宮部は「全国部落調査」を「部落地名総鑑の原典」と呼んでその復刻版を出版したが、地名総鑑を正当化する宮部にしてみれば「部落地名総鑑の原典=全国部落調査」の復刻版出版は当然だということになるのだろう。

(2)プライム事件の被害

 現実に起きている部落差別の否定という点で言えば、2012年のプライム事件に対しても宮部は「具体的に誰が『重大な人権侵害』を受けたのか不明である」と述べてこの被害を否定し、身元調査を肯定している。プライム事件は、地名総鑑から40年以上経った今日もなお身元調査が続いている実態を浮き彫りにしたが、主謀者の一人は名古屋地裁の法廷で「依頼の85%から90%は結婚相手の身元調査だった」と述べ、「日本の国民が意識を変えない限り、同和地区に対する偏見はなくならない」と証言した。宮部は部落問題についてあれこれと駄弁を労しているが、こういう事実をまったく見ようとせず、「戸籍謄本等の不正取得によって具体的に誰が『重大な人権侵害』を受けたのか不明である」と平気で言うのだ。こういう事実から宮部の本質は、部落差別の肯定、つまり差別主義者だと言うのだ。

 (3)同和行政への反発

 現実に起きている差別の否定だけでなく、部落差別をなくすための様々な取り組みを否定する点にも、彼の本質が浮き彫りになっている。例えば、宮部は就職差別をなくすために採用された統一応募用紙や公正採用選考人権啓発推進員制度を批判し、「(これらは)『部落問題解消のための活動をしていますよ』という言い訳作りにすぎない」ものであり、「徹底的に破壊され、冒涜されてしかるべきである」(準備書面1)とまで主張している。

 もちろん、統一応募用紙や公正採用選考人権啓発推進員制度は、言い訳づくりのためにつくられたわけではない。地名総鑑が摘発される以前の時代には、就職や結婚において身元調査がまかり通っていた。ある企業の求人担当者が高校にやってきて、就職担当の教員に向かって平然と「部落出身者と創価学会は困る」と述べた69年の広島の事件は有名だが、新規採用者の身元を調査することはなかば公然の慣行だった。このような就職差別をなくすために統一応募用紙が採用され、人権啓発推進員制度が作られた。また、これによって就職差別が社会悪とされ、公然と身元調査をすることが許されなくなった。(しかし、まだ続いていることはたびたび触れた通りだ)。

 統一応募用紙だけでなく、環境改善や就労対策、教育対策など様々な同和対策事業も理由なしにつくられたわけではない。同和地区の生活や就労、教育に大きな格差が見られ、その現実を改善しようとしたのが、1969年からの同和対策事業だった。

 宮部はこういう歴史を見ようとしないで「徹底的に破壊されるべきだ」と叫ぶ。それはすでに指摘したように、彼自身が部落差別を肯定しているからだ。実際、宮部はいろいろ屁理屈を並べるが、差別をなくそうと呼びかけたことは一度もない。ただ部落の所在地を暴露することを目的にしているだけである。

 

8 裁判闘争の意義

 

 最後にこの裁判闘争の意義を確認しておきたい。

 まず1つは、この裁判闘争は、今後起こるであろう部落差別の拡大助長からわれわれの兄弟姉妹と子孫を守る闘いである。

 「所在地一覧」の垂れ流しによって差別が助長されることはたびたび強調したが、これから先われわれの子や孫がこの情報の流布によってどのような被害に遭うのか大変心配される。ネットへの掲載によって、これまでは知らなかった者までがおもしろ半分に同和地区の所在地を知ることになり、就職や結婚において差別が拡がることが懸念される。その場合、差別は解放運動に参加しているかどうかに関係なくすべての同和地区住民に降りかかってくる。今回の裁判は、この差別から子孫を守る闘いだ。

 二つ目にこの裁判は、部落差別をなくすための法整備を怠ってきた政府に対してその怠慢と不備欠陥を糾す闘いである。

 先の国会では、「部落差別解消法」が提案されたが、われわれは2012年の特別対策が失効した以降、同和問題を直接対象にした法律がないことを批判し、人権侵害救済法や人権委員会設置法などの法整備を求めてきた。しかし、政府はこれまで何らの積極的な施策を講じようとせず、時々の政治に責任を転嫁して放棄するに任せてきた。今回の事件でも、部落差別を社会悪として断罪する法律がないことがその背景に横たわっている。差別は許されない社会悪であり、犯罪であるという国の姿勢がないことが、宮部のような反社会的行為を許してしまっているのであり、また裁判所が厳しく処罰できない法的な不備欠陥の原因になっている。

 三つ目にこの裁判は、先輩たちの積み重ねてきた成果と行政や企業、宗教団体が積み重ねてきた部落差別をなくすための取り組みの成果を守る闘いだ。

 戦後70年間、行政や企業、宗教団体、労働組合はそれぞれの立場で部落差別をなくすためにさまざまな取り組みが行ってきた。いっぽう、全国水平社を引き継いだ部落解放同盟は部落の住環境の改善や教育の向上などに取り組んで成果を上げてきた。われわれの先輩たちは、不当な部落差別と貧困をなくすために、文字通り血と涙を流してきた。宮部の所在地暴露は、戦前戦後を通して解放運動が勝ち取ってきた成果を破壊し、否定する行為であり、解放運動を冒涜(ぼうとく)する行為だ。裁判は、解放運動が勝ち取ってきた成果を守る闘いだ。

 最後に、この裁判は、差別者宮部を徹底的に糾弾し、社会的に追放する闘いである。差別を煽るこんな人物を放置してよいわけがない。いま、直接裁く法律がないために損害賠償という形で経済的な制裁を加える方法を取っているけれども、本来ならばこのような反社会的な差別者は重大犯罪人として刑事罰を科せられてもおかしくない。今回の裁判は、裁判を通じて宮部が侵している犯罪を徹底的に断罪し、社会的な制裁を加える闘いである。

 

9 おわりに

 

 東京地裁における第2回口頭弁論が9月26日に行われる。もちろん、裁判闘争だけが鳥取ループ糾弾の闘いではない。あらゆる手段を駆使して鳥取ループを徹底的に弾劾していかなければならない。具体的には、①法務省及び地方法務局に対して、出版・掲載を直ちに停止するための強制的な措置を執るよう強く迫る、②出版・流通業界に対して、復刻版の出版、販売を拒否するよう協力を要請する、③インターネット関連事業者に対して、同和地区所在地情報はすべて削除するような措置をとるよう要請する、④政府に対して、「部落差別解消法」及び同和地区所在地情報の出版・掲載を禁止する法案を早期に制定するよう働きかける、⑤都道府県・市町村に対して、政府や法務局に出版・掲載の即時停止措置や禁止法の早期制定を求めるよう働きかける、⑥同じく同宗連や人企連、共闘会議など関係団体に対して、政府や法務局に出版・掲載の即時停止措置や禁止法の早期制定を求めるよう働きかける、――以上の闘いを進めよう。

 鳥取ループ糾弾のこの裁判には、解放同盟はもちろんのこと、差別のない社会の実現を目指して努力を重ねてきた地方自治体や企業、宗教団体などから大きな注目が集まっている。その意味でも絶対に負けられない裁判だ。全国の原告はもとより、各都府県連や関係諸団体は差別糾弾の闘いとしてこの裁判闘争に起ち上がろう。(おわり)