意 見 陳 述

2016年7月5日

原告ら訴訟代理人弁護士 中井 雅人

1 法的主張の前提となる「部落差別」の実態

 被告らは、2008年に滋賀県に対して行った同和地区の場所を特定し得る情報の公開請求が「ふと湧いてでた“いたずら心”」であったことを、被告らの著書『部落ってどこ?部落民ってだれ?』の中で明らかにしています。同情報公開請求事件は最高裁まで争われ、最高裁は「公開されると、差別意識を増幅・差別行為を助長するおそれ」があるとして非公開を適法と判断しましたが、被告らは、滋賀県の同和対策事業関連資料を現在でもウェブサイト上で公開し、最高裁に対する挑発ともとれる態度をとっています。
被告らからしてみれば、本件の「全国部落調査」「部落解放同盟関係人物一覧」などのウェブサイト等での公開も「ふと湧いてでた“いたずら心”」なのかもしれません。
しかし、「全国部落調査」等の公開は、同和地区住民に対し、計り知れない部落差別を生みます。インターネット上で公開された情報は、とてつもないスピードで閲覧、保存、拡散されていきます。完全な情報の回収は絶対に不可能です。必ず部落差別のために、利用、再利用されていきます。すなわち、必ず「部落差別」を助長、固定化するのに利用されます。なぜ、「必ず」と言えるか、理由はふたつです。
ひとつは、就職差別や結婚差別など深刻な部落差別が現在もあることです。これは、今次の国会で「部落差別の解消の推進に関する法律」案が自民党、公明党、民進党の3党により衆議院に共同提出され、閉会中継続審議となっていることからも明らかです。同法案の目的規定は、「現在もなお部落差別が存在するとともに、情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ…(中略)…部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする」としています。もうひとつは、すでに「ヤフー知恵袋」などインターネット掲示板では、被告らが公開した「全国部落調査」等が参照され、どこが部落か、誰が部落民か、結婚はやめたほうがいいか、引っ越しはやめた方がいいか、といった相談と回答が多数なされています。このふたつの点については今後さらに主張立証してきます。なお、被告らは冒頭の著書で、何の根拠も示さず、同和地区所在地情報がネット上で公開されたとしても「いまさら深刻な差別というのは起こらないだろう」と述べていますが、先ほど述べたようにこれは明らかな事実誤認です。
被告らの事実誤認に基づいた「いたずら心」で、部落差別が助長されることが許されるはずがありません。

2 権利侵害について

 原告らは、被告らの不法行為すなわち「全国部落調査」「部落解放同盟関係人物一覧」の公開により、原告らの名誉権、プライバシー権、業務遂行権及び差別されない権利を侵害され、多大な損害を受けています。これらの権利侵害のうち本訴訟の実態をもっともよく捉えているのが「差別されない権利」の侵害です。
憲法14条第1項では「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定されています。日本の裁判では、憲法14条1項の差別の問題が、「平等」か「不平等」か、という視点、すなわち「区別目的が正当か」、「目的のために合理的な区別か」という視点から検討されてきました。
しかし、こうした「平等」か「不平等」か、という視点だけでは、「差別」を考える上で重要な差別行為の悪質性や差別による被害実態等の「主観」が見逃されてしまいます。「差別」とは行為者の主観的な蔑視感情の現れです。国や社会による制度的な差別にせよ、個人的な差別にせよ、「差別」には必ず差別行為者の「主観」、被差別者の「主観」があります。こうした差別行為の悪質性や差別による被害実態等の「主観」を具体的に見なければ、その差別を放置していいのか、放置してはならないのか判断できません。そして、差別の放置は、差別の助長や固定化をもたらします。すなわち、「平等」か「不平等」か、という視点では、差別の助長や差別の固定化をしてはならないという視点が欠落してしまうのです。
そこで、「差別されない権利」に注目しなければなりません。個々人が、差別的意図に基づく行為や、差別を助長・固定化する行為をされない権利を有しているという考え方です。憲法14条1項には「差別されない」と規定されているのですから、当たり前の考え方です。この点、非嫡出子の法定相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする規定の違憲性を判断した平成25年9月4日最高裁大法廷判決は、「規定の存在自体がその出生時から嫡出でない子に対する差別意識を生じさせかねないことをも考慮」し、違憲と判断しました。これは、まさに国家が非嫡出子に対する差別を国家が助長、固定化してはならないという観点、すなわち「差別されない権利」から違憲と判断したものでした。
「人物一覧」及び「全国部落調査」は、被差別部落を特定し、あるいはある個人が被差別部落出身者であることを示す内容であり、部落差別がなお厳然と残っている現状においては、そのような事実が摘示されることは、摘示された当該個人に身体的・精神的害悪を与え、その人間としての尊厳を侵害するだけでなく、差別を助長し、差別の固定化に寄与することになります。
したがって、「人物一覧」及び「全国部落調査」の公開が、原告らの「差別されない権利」を侵害するのは明白です。

3「表現」の自由との関係

 被告らは、仮処分時の答弁書やツイッター等で自己の行為を「表現」の自由を持ち出して正当化しようとしていますが、「表現」だからといって何でも保護されるわけではありません。プライバシー権を侵害する「表現」、名誉権を侵害する「表現」、「差別されない権利」を侵害する「表現」は憲法上保護されません。レイシズムに基づくヘイトスピーチの問題と同様、当事者にとって凶器となる「表現」を憲法21条の「表現」として保護するべきでないのは当然のことです。

裁判所におかれましては、部落差別の現状と被告らの行為が部落差別を助長・固定化するものだということを踏まえた厳正な審理と適正な判断をお願い申し上げます。
以 上